| 学馬連0B を訪ねました。 和田 雅雄(わだ まさお)さん 12月13日生 ![]() 簡単に自己紹介をお願いします。 出身地 岐阜県 職業 : 日本中央競馬会馬事公苑苑長 将来の夢や目標 学生の時の夢 当時の自分を振り返って |
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――― 当時工夫したことはありますか 昔は馬場が狭くて障害の馬場がなくて、 障害を半分にしちゃいましたね。 馬術部にあるもの、チームワークですね。相手は馬ですから、時間ではい、終わり、ではなくて予定より、長くなってしまったり、その反対は少ないですけど あったりしますから。 ――― 今の学生と当時の学生との違いはどのように感じられますか。 学生の負担は今も昔も変わらないなと思います。学生さんが少なくなってきているので、むかしはハコバン、いまは使役のことですが、お手伝いしてくれる人が多かったのですが、そういうところから人が減ってきて、いくのかな。僕たちはしごきとかがあったけど、今はないと思います。いやだったですね。 自分は4年間で卒業しなければならないということで、がむしゃらでしたね。学業も、部活も、なんでも。全日本学生の幹事長も。 ――― 当時の幹事長はどんなことをしていたのでしょうか 名簿つくりとか規約を作っていた。(OBたちの意見を聞きながら)計画をとにかく話し合っていたりして、障害が足りなければ、当時は総合の障害をつくるのに夢の島まで行って、いろいろな看板とかすててあるものをもらってきて、自分たちで作りました。 夢の島から持ってきて作ったから「夢の島障害」です。それはその後、つぶれて処分しました。北日本から全日本のためにきた馬たちの居場所のために農大の場所を少し借りて資材をひろって厩舎を作ったりという仕事を皆で計画してやっていました。 |
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――― 社会人になって馬術部、幹事をやっていて身についていたと感じたこと JRAには馬をやっていたから昔から入りたいと考えていた訳ではなく、学生のときには部活に頑張っていたので、就職とか、将来とかは頭になかったですね。 |
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4年生の時の全日本学生の総合馬場を踏んでいるところ |
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学生馬術の組織は、おそらく日本特有のものではないかと思います。日本の馬術を支える上でも学生馬術界の果たす役割は多いと思います。
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| 和田苑長、お忙しい中ありがとうございました!!
※うちのOB、OGや監督、コーチを紹介したい、インタビューしてもらいたい人などや、ご意見ご感想などありましたらお待ちしております。 |















